過去600万年間にわたり大気中二酸化炭素濃度と気候の相互作用の解明
Reconstruction of atmospheric carbon dioxide concentration
during 6 million years and the study of the interaction between carbon dioxide
and climate
課題番号:19H05595
令和元年度〜令和5年度
代表:山本正伸(北海道大学)
分担:入野智久,関宰(北海道大学),阿部彩子,吉森正和(東京大学)
協力:大石龍太(東京大学),Steve
C. Clemens(ブラウン大学),Liviu Giosan(ウッズホール海洋研究所)
2023年4月時点
研究実績の概要
温室効果は地球表層の温度を決める重要な要素である。大気中CO2濃度の連続的な測定は1957年以降であり、それ以前のCO2濃度はアイスコア気泡中のガス測定により復元されている(Luthi et al., 2008など)。しかし、アイスコアの最古の氷は80万年前のものであり、それ以前のCO2濃度の精密復元は行われていない。本研究では、ベンガル湾の国際深海掘削科学計画(IODP)のU1445地点およびU1446地点の堆積物コアに含まれる長鎖脂肪酸の安定炭素同位体比(δ13CFA)を測定し、600万年前から現在までのCO2濃度を約1700年解像度で復元し、CO2濃度と気候の関係を明らかにすることを目指している。
国際深海掘削計画第353次航海(2014年12月〜2月)ベンガル湾
U1446地点で得られた過去150万年間のCO2濃度変動記録と堆積物中のGDGT、浮遊性有孔虫の酸素同位体比、脂肪酸の水素同位体比にもとづく降水量変動を比較し、δ13CFA変動の2-10%が降水量変動により、 78%がCO2濃度変動により説明可能であることを示した。さらに、CO2濃度と降水量の変動がインド東部のC3/C4植生に与える影響を植生モデルを用いて検討し、CO2濃度変動は降水量変動の7.5倍δ13CFA変動に影響を与えることが示された。これらの検討によりδ13CFA変動が基本的にCO2変動を反映していることが明らかになった。復元したCO2濃度変動記録を専門誌(Nature Geoscience)上で公表した。
高知コアセンターに保管されている堆積物のサブサンプリング(2019年,2020年)
さらに、ベンガル湾インド沖の国際深海掘削科学計画(IODP)U1445地点で掘削された過去600万年間の堆積物コア試料のδ13CFAの分析を行い、測定を終了した。その結果、過去600万年間を通じて、CO2濃度は陸上氷床体積変動に対応して変動していること、しかし長期トレンドをみると氷床の拡大に約100万年先行して、CO2濃度が低下していることが明らかになった。
現在までの進捗状況
ベンガル湾インド沖の国際深海掘削科学計画(IODP)U1445地点で掘削された過去600万年間の堆積物コア試料計3500点について20 cm間隔(1500-2000年間隔)でδ13CFAの分析を行い、測定を終了した。堆積物の年代を高精度に明らかにするための底生有孔虫の酸素同位体比の分析もおよそ9割が終了したが、一部の層準では測定に必要な有孔虫が得られなかったため、対象種と試料を追加し、分析を継続している。降水量と関係の深い脂肪酸水素同位体比の分析はおよそ7割が終了した。GDGT組成にもとづく水温指標であるTEX86の分析はおよそ8割終了した。
また、U1446地点のイネ科に由来するペンタトリテルペンメチルエーテル(PTME)と燃焼起源の多環芳香族炭化水素を分析し、インド東部では、降水量の多いときイネ科植物の被覆度が高く、火災頻度も高かったことが示された。夏季モンスーン降雨により生育した草本類が冬季には乾燥し、火災を引き起こすことによると考えられる。これらの結果から、インド東部では、草本類の存在量の変化はC4植物の存在量の変化とは独立していることが示された。
復元されたCO2
濃度の長期トレンドは、太平洋と大西洋の深層コアの底生有孔虫炭素同位体比の差や、太平洋深海の鉄マンガンノジュールに記録された深層水の溶存酸素濃度の長期的変化、南大洋のダストフラックス、海洋生産量、表層水温度の長期的変化と似ていることが明らかになった。これらの対応関係から、大気CO2の長期的変化は、海洋深層循環の変化に対応していたことが想像できる。また、330万年前以降、陸上氷床拡大イベントに対応して30 ppm程度の急なCO2濃度の低下が認められた。CO2濃度の低下が更新世の氷期間氷期変動を導くきっかけとなったことが示唆される。
今後の研究推進方策
底生有孔虫の酸素同位体比を終了し、コアの深度と年代の関係を確立する。脂肪酸水素同位体比、TEX86の分析を終了し、過去600万年間のインド東部の降水・気温の変化を明らかにする。δ13CFAを用いたCO2濃度復元は、降水量と気温の変動範囲がCO2濃度変動による影響よりも十分に小さい条件(サバンナ植生)でのみ有効である。現時点で得られている脂肪酸水素同位体比とTEX86は過去600間年間を通じて後期更新世の気候変動の範囲を逸脱していないことを示しているが、分析を完了し、見解を確定する。また、堆積物供給源の変化はδ13CFAに影響する可能性があるため、X線粉末解析による高時間解像度の鉱物組成の分析を行い、その影響の有無を検討する。
復元されたCO2
濃度と底生有孔虫酸素同位体比の変動について周期解析を行い、周期および振幅の変調、コヒーレンス、位相差の変化を検討し、CO2と大陸氷床および海水準との相互作用を検討する。
復元されたCO2 濃度データにもとづき、気候モデルを用いた600万年間から現在までの期間の氷床体積のシミュレーションを実施する。鮮新世の寒冷イベントにおける南極氷床の拡大、更新世始めの北半球氷床の拡大、中期更新世遷移期における氷床サイクルの周期と振幅の拡大にCO2濃度変動がどのように関与したかを検討する。
熱帯西部太平洋を中心に世界各地の海洋表層と温度躍層のプロキシ古水温記録をコンパイルし、CO2変動との関係を統計的に解析し、CO2による温室効果が海洋表層および内部に及ぼす影響を検討する。
前期鮮新世のCO2濃度と同時期の全球平均気温を比較することにより、温暖期におけるCO2濃度の全球気温に及ぼす影響を評価する。
これまで得られた結果をとりまとめ論文を作成し,科学雑誌に投稿する.
6.これまでの発表論文等(受賞等も含む)
Yamamoto, M., Wang, F., Irino, T.,
Yamada, K., Haraguchi, T., Nakamura, H.,
Gotanda, K., Yonenobu, H., Leipe, C., Chen, X.-Y., Tarasov, P. E. (2022)
Environmental evolution and fire history of Rebun Island (northern Japan)
during the past 17,000 years based on biomarkers and pyrogenic compound records
from Lake Kushu. Quaternary International, 623, 8–18.
Yamamoto, M., Seki, O. (2022)
Impact of climate change on hunter-fisher-gatherer cultures in northern Japan
over the past 4400 years. Geophysical Research Letters, 49, e2021GL09661.
Yamamoto, M., Clemens, S.C., Seki,
O., Tsuchiya, Y., Huang, Y., O’ishi, R., Abe-Ouchi, A. (2022)
Increased interglacial atmospheric CO2 levels followed the
mid-Pleistocene Transition. Nature Geoscience, 15, 307-313.
https://doi.org/10.1038/s41561-022-00918-1
Segawa, Y., Yamamoto,
M., Kuwae, M., Moriya, K., Suzuki, H., Suzuki, K. (2022) Reconstruction of
the eukaryotic communities in Beppu Bay over the past 50 years based on
sedimentary DNA barcoding. Journal of Geophysical Research: Biogeosciences 127
(6), e2022JG006825
Yamamoto,
M., Wang, F., Irino, T., Suzuki, K., Yamada, K., Haraguchi,
T., Gotanda, K., Yonenobu, H., Chen, X.-Y. and Tarasov, P. (2022) A lacustrine
biomarker record from Rebun Island reveals a warm summer climate in Northern
Japan during the early Middle Holocene due to a stronger North Pacific High. Front.
Earth Sci. 9:704332. doi: 10.3389/feart.2021.704332 https://doi.org/10.1016/j.quaint.2021.09.015
McGrath, S. M., Clemens, S. C., Huang,
Y., & Yamamoto, M. (2021) Greenhouse gas and ice volume drive
Pleistocene Indian Summer Monsoon precipitation isotope variability. Geophysical
Research Letters, 48, e2020GL092249.
https://doi.org/10.1029/2020GL092249
Clemens, S. C., Yamamoto, M.,
Thirumalai, K., Giosan, L., Richey, J. N., Nilsson-Kerr, K., Rosenthal, Y.,
Anand, P., McGrath, S. (2021) Remote and local drivers of Pleistocene South
Asian Summer Monsoon precipitation: A test for future predictions. Science
Advances, eabg3848. 10.1126/sciadv.abg3848
Suzuki, K., Yamamoto, M.,
Rosenheim, B. E., Omori, T., Polyak, L. (2021) New radiocarbon estimation
method for carbonate-poor sediments: A case study of ramped pyrolysis 14C
dating of postglacial deposits from the Alaskan margin, Arctic Ocean. Quaternary
Geochronology 66, 101215.
Sakurai, H., Yamamoto, M.,
Seki, O., Omori, T., Sato, T. (2021) Cellulose oxygen isotopes of Sphagnum and
vascular plants in a peat core reveal climate change in northern Japan over the
past 2,000 years. Geochemistry, Geophysics, Geosystems, 22,
e2020GC009597.
Yamamoto, M., Kikuchi, T., Sakurai,
H., Hayashi, R., Seki, O., Omori, T., Sulaiman, A., Shaari, H., Abdullah, M.
Z., Melling, L. (2021) Tropical Western Pacific hydrology during the last 6,000
years based on wildfire charcoal records from Borneo. Geophysical Research
Letters, 48, e2021GL093832.
Kong, S. R., Yamamoto, M.,
Shaari, H., Hayashi, R., Seki, O., Tahir, N. M., Fadzil, M. F., Sulaiman, A.
(2021) The significance of pyrogenic polycyclic aromatic hydrocarbons in Borneo
peat core for the reconstruction of fire history. PLoS ONE 16, e0256853.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0256853
Yuan, H., Meng,
F., Yamamoto, M., Liu, X., Dong, H., Shen, J., Yin, H., Wang, J.,Wang,
J. (2021) Linking historical vegetation to bacterial succession under the
contrasting climates of the Tibetan Plateau. Ecological Indicators, 126,
107625.
https://doi.org/10.1016/j.ecolind.2021.107625
O'ishi, R., Chan, W.-L., Abe-Ouchi, A.,
Sherriff-Tadano, S., Ohgaito, R., & Yoshimori, M. (2021).
PMIP4/CMIP6 last interglacial simulations using three different versions of
MIROC: importance of vegetation. Clim. Past, 17, 21–36.
吉森正和 2020年度日本気象学会賞。古気候シミュレーションを活用した気候感度および気候フィードバックのメカニズムに関する研究。
7.ホームページ等
https://pablos.ees.hokudai.ac.jp/yamamoto/project/KakenSCO2.html
学会発表
Yamamoto, M., Clemens, S.C., Seki, O., Tsuchiya,
Y., Huang, Y., O’ishi, R., Abe-Ouchi, A. A 1.46-million-year record of
atmospheric CO2 from sedimentary leaf wax in the Bay of Bengal.
日本地球惑星科学連合大会 2022年5月31日,柏,オンラインポスター
Yamamoto, M., Kikuchi, S.,
Bova, S., Rosenthal, Y. Drier climates in Papua New Guinea during interglacials
over the past 1.68 million years. 2022 Goldschmidt Conference, Honolulu (online
oral),2022年7月13日
山本正伸,スティーブ・クレメンス,関宰,土屋優子,ヨンソン・フアン,大石龍太,
阿部彩子.過去150万年間の大気中二酸化炭素濃度を解明.地球環境史学会年会 2022年11月4日,柏.
Yamamoto, M., Clemens, S.C., Seki, O., Tsuchiya, Y., Huang, Y.,
O’ishi, R., Abe-Ouchi, A. Reconstruction of atmospheric CO2 concentration over
the past 1.5 million years based on leaf wax (long-chain n-fatty acid) carbon
isotope record from the Bay of Bengal. COLDEX seminar (Oregon), オンライン口頭,2023年1月10日.
Yamamoto, M.,
Kikuchi, T., Sakurai, H., Hayashi, R., Seki, O., Omori, T., Sulaiman, A., Shaari,
H., Abdullah, M. Z., Melling, L. (2021) Tropical
Western Pacific hydrology during the last 6,000 years based on wildfire
charcoal records from Borneo. 地球惑星科学連合2021年大会.千葉,6/5
山本正伸・関宰(2021)泥炭コアに含まれるミズゴケとイネ科植物のセルロース酸素同位体比からみた過去4400年間の利尻島の気候変化,北海道の歴史との関連.地球惑星科学連合2021年大会.千葉,6/5
Sudo, G., Yamamoto,
M., Bova, S., Rosenthal, Y. (2021) Millennial variability in precipitation in
Papua New Guinea during the last deglaciation. 地球惑星科学連合2021年大会.千葉,6/4
山本正伸,スティーブ・クレメンス,関宰,土屋優子,ヨンソン・フアン,大石龍太,
阿部彩子(2021)リーフワックス炭素同位体比を用いた古CO2復元;146万年にわたる大気中CO2の連続プロキシ記録.第7回地球環境史学会年会,札幌(オンライン),10/23
山本正伸・櫻井弘道・関宰(2021)縄文時代以降の気候変化が北海道の狩猟漁撈最終文化に与えた影響.令和3年度日本地質学会北海道支部例会,札幌(オンライン),7/10
HAPPIチーム・山本正伸(2021)北極海の完新世変動の解明をめざして.第7回地球環境史学会年会,札幌(オンライン),10/23
石井花菜,関宰,山本正伸,マイケル・E・ウィーバー,マウリーン・E・レイモ,ビクトリア・L・ペック,ウィリアムズ・トレバー,IODP Expedition 382 研究者(2021鮮新世中期の温暖期におけるスコシア海の海面温度の復元.第7回地球環境史学会年会,札幌(オンライン),10/23
須藤樂,山本 正伸,後藤大貴,ボバ,サマンサ,ローゼンタール・ヤイール(2021)
最終氷期末におけるパプアニューギニアの千年規模気候変動.第7回地球環境史学会年会,札幌(オンライン),10/23
Yamamoto, M.,
Clemens, S., Seki, O., Tsuchiya, Y., Huang, Y., O’ishi, R., Abe-Ouchi, A. (2021) Use
of leaf wax carbon isotopes in Bay of Bengal sediments for paleo-CO2
reconstruction; A new continuous 1.46-million-year proxy record of atmospheric
CO2.
American
Geophysical Union, Fall Meeting, New Orleans, 13 December 2021.
プレスリリース
https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/04/150.html