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- 生物地球化学コースの概要
生物地球化学とは、地球表層で生起する様々な科学現象を「物質循環」と「化学反応」の視点から解明する学問です。
生物地球化学コースでは、北海道大学に設置された大学院地球環境科学研究院と低温科学研究所の教員が、密接に連携し、複雑な環境変動の仕組みをフィールドワークとラボワークを通して明らかにするために必要な基礎と応用を学ぶことができる一貫した教育を行っています。
本コースでは、大気中の気体やエアロゾル、海水、河川水、生物、海底堆積物、土壌、氷床コアなどから試料を採取し、そこに含まれる化学成分の測定を通して、地球上の物質循環と化学反応過程を理解していきます。こうした研究は、現在、人類が直面している地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨など地球環境問題への深い理解とその解決に必要な知識体系を提供するとともに、環境問題への取り組みには不可欠なものとなっています。本コースでは、そのために必要な分析化学、大気化学、海洋化学、同位体地球化学、古気候学、生態学をはじめ、大気・陸域・海洋における生物地球化学の基礎を学ぶことができる講義や実習を用意しています。
本コースでは、化学系、地学系、水産・ 海洋系、生物系、農学系、工学系など、幅広い学科からの出身者が共に学んでいます。そのために、大学院入学後に、本コースでの研究に必要な知識を基礎から学べるように基礎論とともに、より専門的な教育を目的とした特論などの授業科目に加えて、野外および室内での実習、論文講読などのカリキュラムを整えています。修士課程や博士後期課程の研究を通して、各大学院生が、目的の試料を採取し、化学分析を行った後、データ解析する能力を身につけて頂くことを目指しています。また、自らの結果に基づき、新たな知見を国内外の学会などで発表するための教育を行います。現代社会が直面する多くの環境問題は、地球表層における化学的諸過程が深く関係することから、生物地球化学の専門知識と能力を身につけた人材の養成は重要な課題です。本コースでは、そうした人材を研究者あるいは社会人として世に送り出すことを目的としています。
本コースにおける研究では、まず、汚染 物質の排出源である大都市や、森林、海洋、極地などの野外に出かけていき、大気、エアロゾル、土壌、海水、堆積物、生物試料などを採取します。そして、研究室に持ち帰った試料を抽出・分離し、元素分析計、液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフ、質量分析計、リアルタイムPCR装置など最新の装置を用いて分析を行います。さらに、得られた分析結果を統合し、新たな知見を得て、自然界でおこっている現象を解明します。以下に、本コースで行われている研究とその方法・成果の一部を紹介します。
大気中のCO2、メタンなどの温室効果気体、浮遊微粒子(エアロゾル)は、地球規模の気候変動を理解していく上で重要な因子です。温室効果気体の増加は地球温暖化に影響する一方、無機物・有機物からなるエアロゾルは、太陽光を吸収・反射するとともに、雲凝結核として雲の形成に関与するなど、気候変動には大気組成の変化が深く関与していると考えられています。我々は、陸上や、船舶・航空機での観測により大気試料を採取し、気体成分・エアロゾルの化学分析を行うことで、大気の化学組成と変動の解析から地球環境問題をより深く理解し、その解決に向けた科学的根拠を提示することを目標とします。最近は、寒冷圏での陸域植生・海洋表層を起源とする大気成分を介した大気‐生物圏の様々な相互作用の解明に関連する研究に取り組んでいます。大気微量成分・エアロゾルの新たな測定・化学分析手法も確立しながら、大気組成の観点から炭素・窒素等の生物地球化学的な物質循環や気候変動へ与える影響の理解を目指します。
森林ステーションでの大気観測。観測タワーに大気微量気体・エアロゾルの採取・測定装置を設置し、植生の種類や変動が大気組成や気候変動へ与える影響を研究しています。 |
空気サンプルのCO2の同位体比を測定するため、 空気からCO2を抽出します。-190 °Cの液体窒素で 冷却することによってCO2を固化して集めます。大気CO2の炭素同位体比は陸上生態系の光合成により夏に高くなります。 |
陸上では、森林、湿地、河川において野外観測やサンプリングを行っています。 東シベリアの北極域やタイガ林、モンゴルでは、温暖化による永久凍土システムの崩壊が、この地域の生態系に重大な影響を及ぼすことが危惧されており、永久凍土の水循環や植物の光合成・生産量などの野外 観測を行っています。湿地は二酸化炭素に次いで重要な温室効果気体であるメタンの 生成と放出の場です。東シベリアの湿地環や生態系に影響を与えます。主に北海道内の河川を対象に土壌から河川への物質 の移行挙動、河川や湖などの陸域水圏内での物質循環の解明を目指し、観測を行っています。
河川調査の様子。橋や岸からの採水だけではなく、時にはボートに乗って、 湖や河川の調査もします。 |
日本海、北極海、南大洋など、様々な海域で研究を行っています。海水などを採取し、化学・生物成分を最先端手法で解析することにより、海洋の物質循環過程とその時空間変化を定量的に明らかにすることを目指しています。海洋物質循環を駆動する 植物プランクトン、生物生産を支配する栄養塩や微量金属、地球温暖化に重大な影響を及ぼす二酸化炭素、メタン、硫化ジメチル等のガス、海洋炭素プールの大部分を占める溶存有機物などを主な研究対象としています。
CTD-CMS装置。海水温、塩分、水深の他、溶存 酸素濃度、クロロフィル・溶存有機物の蛍光強度などの生物地球化学パラメーターも採水と同時にモニターすることが可能となっています。 |
海底堆積物コアの採取風景。 |
将来の気候変動の予測精度を上げるには、地球の気候システムがどのような仕組みで動いているのかを深く理解する必要があります。過去の地球環境の変動の研究は、 観測可能な近過去では経験しなかったよう な気候システムの大きな変動も検出できるという点で気候システム全容の解明に欠かせません。この分野では海底堆積物、湖底堆積物、アイスコア、樹木年輪、サンゴ年輪、遺跡土壌などを用いて地球環境が過去にどのように変化してきたのかを調べています。 樹木年輪とサンゴ年輪、山岳氷河コアでは季節あるいは年スケールの解像度で過去数百年間の古気候の復元ができます。海底コア、湖底コア、氷床コアでは過去数十万年あるいは、それ以前にさかのぼり古気候の復元ができます。また遺跡土壌や海底コアの分析から、人類活動の変遷を明らかにすることも重要なテーマです。手法的には、元素組成やバイオマーカー、安定同位体などを用いて、大気や海洋、陸上の環境の変遷を明らかにし、それらを総合的に解析することで全球的な気候変動の原因とメカニズムの解明を目指しています。気候システムの解明は大いなる挑戦であり、世界各地の気候変動の復元は複雑なパズルのピースを統合していく作業に似ています。そして気候変動の原因やメカニズムに関する新たな仮説を提案するところにこの研究の醍醐味があります。 |
自然界の生物・生態系は、周辺環境の不均一性(季節変化やよそ者の侵入など)に曝されながらも、安定して存在しているように見えます。一方で、定常的と思える環境も、ほんの小さな綻びによって一瞬にして崩壊してしまうことがあります。そして、このような「安定と崩壊」を繰り返す中で、生物は常に「進化」してきました。私たちは、生物や生態系が持つ「安定性・脆弱性」と「生物進化」に関して、採取もしくは飼育・培養した生物を対象として、有機化合物の安定同位体比や濃度・組成を測定し、物質循環とエネルギー収支の側面から理解することに挑戦しています。 | 安定同位体比の解析から得られた岩礁域の生態系構造 |