地球表層には、生物体を構成している有機物と生物体以外の有機物(非生物態有機物)が存在します。非生物態有機物は陸域においては土壌中、海洋においては海水および海洋堆積物中に存在し、それぞれの全量は大気中二酸化炭素量と同等もしくはそれ以上です。すなわち、非生物態有機物は地球表層において非常に大きな炭素プールを構成し、地球表層炭素循環において量的に重要です。海洋を例に挙げると、海水中の有機物量を炭素でみると99%以上は非生物態有機物(また、その大部分は孔径0.2 - 0.7µmの濾紙を通過する溶存有機物)です。このように、地球表層の炭素循環をはじめとした生物地球化学サイクルを考える上で、非生物態有機物の挙動を理解する事は必須です。しかし、その基礎となるべき非生物態有機物の化学的実体は良く理解されていません。また、非生物態有機物の起源や除去過程は色々とあります (例えば下図) が、それらの定量評価は十分ではなく、非生物態有機物が炭素プールとして安定なのか、もしくは不安定なのか、は全く理解できていません。
生物に利用されやすい(分解されやすい)非生物態有機物は従属栄養生物の栄養源となり、低次生態系と深く関わります。一方で、生物学的・光化学的に分解されにくい非生物態有機物は地球表層の炭素循環から隔離され炭素貯蔵庫となります。すなわち、有機物の分解性は有機物の種類によって異なるため非生物態有機物と生態系や炭素循環の関係性をより良く理解しようとすれば、有機物種ごとの評価(質的評価)が必要となってきます。
本研究グループでは、非生物態有機物の中でも特に溶存有機物を研究対象とし、その量的評価(溶存有機炭素濃度の測定など)に加え、質的評価として主に吸光光度法・蛍光光度法を用いています。吸光光度法・蛍光光度法は、短時間で多くの試料を分析可能な手法である点、生物学的に分解されやすい有機物(タンパク質様物質)と分解されにくい有機物(腐植様物質)を同時に評価できる点において有利です。また、近年、難分解性有機物として注目されている熱成有機物(化石燃料や森林火災によって生成される煤や炭など)についても高速液体クロマトグラフィーにより分析しています。これらの分析法を用い、土壌から渓流への溶存有機物の移行過程、陸域水圏(河川・湖沼・湿地)における溶存有機物の生成・分解過程、沿岸域における陸起源有機物の除去過程、海洋における難分解性有機物の生成過程や維持機構に関して研究を行っています。また、溶存有機物の機能(例えば、微量金属との錯形成能)にも着目し、生物地球化学サイクルにおける溶存有機物の役割に関しても研究を行っています。
Keywords
生物地球化学, 海洋化学, 陸水環境化学, 陸-海境界域, 物質循環, 炭素循環, 溶存有機物, 分解性・反応性, 微生物ループ, 難分解化メカニズム, 微生物炭素ポンプ, 熱成有機物
Press release etc
○暗黒な海に存在する溶存有機物
○北太平洋の生態系を潤す,鉄分の海洋循環メカニズムを解明
○深海に滞留する燃焼由来の溶存物質
○深海温泉を源とする微生物に分解されない有機物
○縁辺海から北太平洋に輸送される栄養素
○南部チャクチ海における溶存有機物の分布について
○河川から北極海へと輸送される溶存有機物は北極海の生態系を支えているのか?
現在進行中のプロジェクト
(1) 海洋に存在する熱成有機物のミッシングソースの解明
(科学研究費補助金・基盤研究 B・R04-R07・代表)
(2) 海洋コンベアベルト終焉部における鉄とケイ素を含めた栄養物質プロパティの形成過程
(科学研究費補助金・基盤研究 S・R03-R07・分担)(代表: 西岡純)
(3) 沿岸域と亜寒帯外洋域の物質交換と生物生産
(科学研究費補助金・学術変革領域研究 A・R04-R08・分担)(代表: 西岡純)
(4) 亜寒帯海域での大気有機態窒素エアロゾル生成量・組成変動を支配する微生物要因の解明